2008年06月04日
海保との連携
奄美で海保かいもんとのガチンコ対決?先日の救難捜索活動
かなりの???
なことがあった…
まずは僕ら地元の捜索隊が現場に向かう途中に、海保の巡視船は全くの逆方向に走り、不思議に思った僕は118に船上から電話をしたら、詳しい現場がわからないと…
なんじゃそりゃ(^_^;)
電話で話している最中に、巡視船は反転して一緒に現場に、しかし海猿は出てこない…
地元の急遽編成された救難隊(朝から僕に呼び出されたダイバー達)だけでは捜索範囲が広すぎて(なぜなら事故発生とされる時間から12時間以上過ぎてから役場から捜索依頼の連絡がきた。これまた有り得ない)再度118に電話して協力依頼をすると、この船には、海猿(潜水士)は乗ってないとの回答…
巡視船は現場海域の沖を行ったり来たり、事故の概要から既に、救難から捜索へと内容がかわりつつあった。悲しい現実ではあるが、家族の事を思えばせめて、ご本人と最後の対面と
と思い、僕らは水面、水中を9時間あまり捜索した…
なんで海保は小型艇を出さない
なんで別の船を呼び海猿を派遣し水中捜索を手伝わない
どうして連携がこんなにうまくいかない?
苛立ちだけが続く中、ダイバーの疲労からの二次災害の危険回避の為に無念の捜索打ち切りを選択
(続く)
☆☆☆☆☆
海に夢を…夢は海から…
シードリーム沖永良部
http://www.okierabu.net
seadream@okierabu.net
Posted by shin at
10:56
2007年12月13日
2007年07月03日
2007年05月20日
介護福祉協議会にて講演!
昨日、沖永良部・与論地区の介護福祉協議会に 『講師』 として招かれ
『顧客満足』
という演題で、講演してきました

今回で5回目となる講演、(中学、高校、商工会、警察署)余裕も出てきて傍観者の反応も見ながら、
急遽、ネタを追加したりしながら話してます。 (俺って講師みたい・・・
)今回と前回の講演は、傍観者の ゴール(僕は、講演をする際、聞いてくれる方のメリットをゴールと位置付けています)
が難しく、それぞれ事前に取材をしました。
今回の介護福祉にかかわる方は、決して、介護を必要とされる方が増えてほしいわけではなく、営利団体ではないので
、ただ単に、お客さん増えればいいわけではないではありません。
しかし、来てくれた方(当店ならダイビングに来られたお客様、介護福祉協議会の場合は、介護に来られた方)が満足する
という事では、同じ

という事で、 『顧客満足』 にしました。
反響もよく、今回はPCトラブルもなく、無事終了

次は、あしびの郷 満員にして講演するぞ!(これがわかるあなたは、島人!) と思った。
願いは叶う!やれば出来る!
I wish I will
2007年02月15日
経営講習会 講師!
昨日、知名町商工会の依頼で「経営講習会」 の講師として、講演してきました。
テーマは 『海夢 故郷の海へ』
前半
沖永良部のイメージビデオ (もちろん自作)
スクーバーダイビングとは?
ダイビングSHOP経営
故郷の海への想い
沖永良部の魅力
シードリーム沖永良部の現状
後半
経営について
ベネフィットとは?
セグメンテーション
差別化
4P
と2部構成パワーポイントを使いお話してきました。
島の人にどのくらい興味をもってもらえるか?経営の話が難しくないか?と心配でした・・・
海の話では、写真ビデオを交えて、沖永良部の海(地元の海)を知ってもらえるように
面白さをメインに・・・
後半の経営の話では、ワークシートを作成し、一緒に課題に取り組んでもらいながら
身近な例を交えてお話しました。
そして最後の締めは、参加の皆さんの。幸せ、成功などの願いを込めて
『I wish』 の言葉を!
今回は経営セミナーの貴重な時間という事で、ダイビングよりも経営(マーケティングのお話)をメインに
話したんですが、終了後の打ち上げでは、みなさん更に質問や、今後の知名町の発展のためにはという
建設的な質問が多く、非常に有意義な時間でした。
今回のセミナー講師の依頼を頂いたとき、今までの学校での職業についてや夢についての話と
違い、経営という事で自分が、そんな話ができるのか?と心配でしたが・・・
日頃の業務に取り組んでいる事を中心に、わかりやすく地元に近い内容に作り直してパワーポイント
を作成しました。
年末からの新店舗への引越し、東京営業、体調を壊した事も重なり、正直バタバタと辛い部分も
多かったですが、昨日の皆さんの反響が何より嬉しかったです。
やって良かった

反省会では、『短い!もっと海の話が聞きたい!』 と嬉しいお話を頂き、早くも第2弾を依頼され
やる気が出てきました。
またマーケティング部分だけの依頼もあり、今までお世話になった地元への恩返しの意味も
含めて、できる限り、協力していきたいと思っています。
2006年10月18日
夢の教壇 沖永良部高校編 2
※写真は、ちいさい体をめいいっぱい使って餌を取る、アカホシかにだまし!
座りつかれた、生徒の気分を一新するために・・・
まずは、ハンドシグナルから、話始めて、みんなにもやってもらいました。
まて!
浮上!
OK!そしてそのハンドシグナルを使って、生徒を誘導
座りつかれただろうし、列もバラバラでいい、楽な姿勢で少しでも聞き安いように!そして、ビデオを見安いように!
海のイメージビデオ
生徒に沖永良部の海を知ってもらいたかったしね。やはり映像、百聞は一見に・・・ですね、みんなさっきまでの疲れた表情と一変、いい表情です

今回もテーマは、沖永良部の海の良さを知ってもらう事、自分の挫折と、努力、そして現在!
敏感な高校時代に、少しでも刺激になれば、成功だったかな・・・
Posted by shin at
20:05
2006年07月29日
夢の教壇 沖永良部高校編
前回の知名中学校講演に引き続き今回は
沖永良部高等学校で
講演してきました。締め切った体育館の中は蒸し風呂状態

今回は、農家、介護医療、そして僕ダイビングショップと3人が講師として招かれました。
3番目の僕の番には、暑さは最高潮・・・話す自分さえ暑さで・・・と思うほど、生徒にしたらたまったものではない!
前の二人が固い話だった事もあり、僕の第一声は
『こんにちは、今日の講演は前の2人で終わったと思って下さい!僕の話は遊びの話!タオルで仰ぎながら!シャツもスカートもパタパタ楽に聞いてください。』
わざと演台から降り生徒の目の前に行きながら講演をスタートさせました!
つづく・・・
Posted by shin at
09:06
2006年06月18日
4000ダイブ!
やっとここまで(まだまだ・・・)来ました。
いろいろな人に助けられて、応援されて辿り着いた
4000 DIVE
実は、誰にも話してなかったけど・・・
ひっそりと(?)4000本にはこだわりがありました。
13年ほど前の話・・・
当時、海外武者修行の為に訪れた、サイパン!
今でも頭のあがらない、大先輩がいました。
他のお店(独立されたばかりでした)なんだけどもの凄く居心地がよく、海の事、楽しさ、安全、事故、魚の見せ方、そしてビールの飲み方と、僕のサイパンでのダイビングにかなりの影響を与えてくれた先輩のとこで、いつものようにバドワイザーを飲んで先輩の話を聞いていると、お客さんが
『あ~、ログつけてるんだ!もうすぐ4000だね・・・』
当時1000本程度しか潜ってなかった、“”駆け出し“”の僕としては途方もない数字で、いつか辿り着けるんだろうか?と思って聞いていた。
しかも当然先輩も現役だから、いつまでたっても追い抜けない・・・
時が流れ、かなりの回り道をしてしまった僕も、たくさんの人に勇気付けられ、助けられ、ようやくあの時目指した、“4000本”に!
嬉しい気持ちと、ホッとした気持ち・・・
何度もダイビング人生の危機に遭遇しながら何とか何とか・・・
でも全然ここはゴールでなくて、単なる通過点・・・
当然サイパンの先輩はあれから13年、途方もないログになっているだろうし・・・(11月見せてもらおうっと!)
その後、八丈の師匠のログは“14000本”ありぁりぁ~師匠引退後20年は潜らなきゃ・・・
まだまだ勉強しなきゃな・・・
お祝いのフラッグありがとう!
そして、これまで一緒に潜っていただいたダイバーの皆様、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
海に夢を・・・
夢は海から・・・
シードリーム沖永良部 ひがし しんいちろう
Posted by shin at
01:06
2006年06月06日
2006年05月07日
4年目に・・・
いきなりの「お祝い」本人すらも忘れてた、オープン記念日♪とてもビックリ!嬉しいかったです。
手作りのメッセージカードには、僕の大好きなハンマーヘッド♪
新しい年の始まり力強く夢に向かって走ろうと再認識しました。
本当にありがとう
Posted by shin at
22:18
2006年04月22日
これが本来の・・・
今回は、沖縄の病院からの指示のもと、酸素吸入の入院をしてからの沖縄入りの為に、前回のような行き違いのトラブルもない、、、はずである。
船の到着が19時を回るので治療は明日からとなり、港近くに宿泊した。
翌朝、眠れぬ夜は明け病院に入った、ここまでの病状、前回の病院での治療、直近のログを確認し治療に入る。
血液検査、レントゲン、尿、心拍図など午前はこと細かく体を念入りにチェックする
(前回の、某病院での治療は何だったんだ・・・)
午後からはチャンバーに入り、治療に入る、チャンバー内はもちろん減圧症患者(当然?ながらダイビングインストラクターばかり)のみ、当たり前だか前回はここから違う。これが当たり前なんだよな・・・
チャンバー内では宇宙飛行士みたいな帽子?(キンギョバチをひっくりかえしたようなヤツ)をかぶり、一定の時間、純酸素を呼吸し、体内の窒素の排出を促進する。
約5時間の1日目の治療を終え、この日は即入院し、24時間体勢で酸素吸入と点滴
(これが本来の治療だよな。。。俺の体はここまで限界だったんだな・・・)反省しながら夜は更ける。。。
2006年03月27日
沖縄行き・・・
夜が明けた。。。
どんなに辛い夜も、楽しい夜も、同じように夜は明けていく。。。
一夜限りの緊急入院を終え、沖縄行きの準備をする、取り急ぎ病状が悪化する事はないだろうという沖縄の病院からの指示で、点滴を外し、酸素吸入を一旦中止して、船に乗り込む事になった。
義理姉から情報を掴んだらしく・・・、母親が病院に駆け込んできた
『しんいちろうの母ですけど・・・昨日、入院するとメールをもらったンですが。。。』
先日まで、メールをメーローとか言っていたので、ちゃんと言っかた?なんて自分は病人のくせに要らぬ心配してしまった・・・
もう35歳なんだからしんいちろうの母・・・はないだろ・・・いつまでも子供扱いなんだな。。。
でも余計な心配かけてゴメンよ (と未だに面と向かって言ってないが。。。)
とりあえず説明してもわからんだろうし、大丈夫だから。。。となだめて帰ってもらい、沖縄行きの船に乗った。。。
つい最近、沖縄にいったばかりなんだけどな。。。最初からこっちの病院に行けたら、こんな問題はなかったのかな。。。
2006年03月06日
潜る怖さ・・・
専門学校で初めてダイビングをしてから10年以上、タンク本数で3000本以上のダイビングを経験し、どんなに荒れている海でも、『お客さんの安全を・・・』と躊躇する事はあっても、自分自身がダイビングする事に恐怖を覚えた事はなかった。。。
減圧症治療後のダイビングはサイパン時代から2回目となるが、前回とは比べ物にならないくらいの恐怖を覚えていた、俺はダイビングをしても大丈夫なのか・・・本当に治ったんだろうか・・・、潜って水中で何かあったら・・・講習のブリぃーフィングをしながらも頭の中は不安がよぎっていた。
エントリー、講習は問題なく過ぎていく・・・無事エキジットして、ロギングをして、ゲストを見送る。
ホッと一息つく。。。体はどうなんだろうか?自分の肘や膝をながめながら考え込む。
1日目なんとか無事終了した、しかしこの日は10M未満の浅瀬での講習中心のダイビング、明日からのボートダイビングはどうなんだろうか。。。
2日目のボートダイビング 続きを読む
2006年02月18日
治療はおわり・・・
1,5時間の、短い(?)こんなもの(?)の治療は終わった。
明日ももう一度、同じ時間でチャンバーに入る事になった、終わったとたんに診断をするでもなく明日の予定が告げられ、追い出されるように病院を出た。
ホテルを探し、あまりにも空いてしまったどうしようもない時間を、気分転換するか・・・とホテル横のマンガ喫茶で、マンガを読んでいると、メールが入り、最初に治療するはずの病院から何で来ないんだ?と連絡が入っているらしく、至急電話してみると、とんでもない事に・・・・
でも確かに昨日は治療できません・・・と言われて急遽この病院を探してもらったと説明すると、何でよりによってそこなの?と返事が・・・ってことはやっぱり変??? 続きを読む
2006年01月15日
治療なんかできません・・・えっ・・・
沖縄行きの船に乗りながら、沖縄でダイビングショップを経営する友人H氏の店に電話をした。ビックリするだろうな。。。久々に逢うのに、減圧症で沖縄いりだなんて・・・
海から帰った友人H氏と連絡かついた、あまりにビックリしたH氏はすぐに、僕が予約を取った病院に電話をしてくれた、H氏が以前減圧症になった時にお世話になった、先生がいるとの事だった。もちろん事前に指導団体の沖縄地区担当から予約を通していて、明日治療は行われる事になっている。H氏は心配で心配で自分からも一言、この先生にお願いをしてくれると・・・
ここで大きなトラブルが起きた・・・
まず、この○○先生は海外出張で沖縄にいない
じゃあどうして最初に指導団体の沖縄地区担当から予約は完了しているのか?(直接高気圧治療部に電話をしてもう一人の先生に確認を取っていた)
H氏の電話はその病院の代表電話にかけ、○○先生を と言ったところ、
『○○先生は海外出張で沖縄にいないので高気圧治療はできません』との回答が帰ってきたらしい・・・どうしてこんな対応を代表電話を取った人がしてしまったのか・・・、おかげで(?)事態は急変しかも最悪なシナリオに・・・
H氏は焦って電話をかけまくりいろいろ探してくれた。○○先生が以前勤めていて、H氏が治療してもらったS病院を探し出して手配してくれた、船を下りタクシーで病院に向かった。。。
病院に到着。んっ?みんなアロハ着ている

血液検査等々をして、緊急チャンバーの必要性はなく明日チャンバー入りすることになった。
『他の、高気圧治療の人もいるから・・・』と言われ、他にも減圧症のイントラがいるんだろうな・・・とくらいにしか思ってなかった。
翌朝病院に行き、準備をしていると、おばあちゃんおじいちゃんばかり。。。イントラ?なわけないな。。。

チャンバーの時間の説明があった
『えっ?1,5時間???』 周りから効いていたのと全然違うし、自分がGUAMでマリーンのチャンバーに入ったときと全然違う。。。いいの・・・不安の中チャンバー治療はスタートした。チャンバーに入っている頃、最初に向かうはずの病院では俺が予約をしているのに来ない・・・と大騒ぎになっていたらしい・・・代表電話をとった部署と高気圧治療部とで全く連絡が取れてなかった事になる。
そんな事は知る由もなくチャンバーに、なぜかじいちゃんばあちゃんと入っていた。
どこでどうボタンが掛け間違ったんだろう・・・誰も悪くない・・・みんな必死に心配して対応してくれたのに・・・
そして治らない事になる・・・
2005年12月31日
来年もよろしくお願いします。
2005年は皆様にとってどんな年だったでしょうか?
今年は、台風に泣かされながらも、まずまずの1年でした、減圧症になる事もなく(気づかないだけで・・・かもしれませんが苦笑)1年が過ごせました。
このブログを書き始めたのは、ダイビングの事はもちろん、減圧症の実体験を書きたかったからです。
といっても毎回毎回、忘れた頃の更新で、よくお叱りを受けますが。。。
ダイバーが減圧症にならないために・・・少しでも役に立てば。。。ちゃんとダイビングしていれば安全であるという事、どうしてなったのか?どうやって治療をするのか?などなど書いてみたいと思っています。
自分の経験で書いていますので、感情が入ってしまい書くときはかなりの長さにも関わらず、書くまでのテンションが。。。と言い訳をしています

来年はもう少し、ペースを上げなければ。。。と思っています。
安全にダイビングを重ねながら過ごしていきたいです。
読者の皆様、今年1年大変お世話になり、ありがとうございました。
文章の性質上、コメント、トラバとも出来ませんが、もし何か聞いてみたい、症状が、、、なんて事がありましたらメールで何なりと、わかる範囲、経験の範囲でお答えいたします。
それでは皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい。2006年が皆様にとって良いお年でありますように!
叶わぬ夢はない by shin
Posted by shin at
20:30
2005年12月20日
減圧症 2
普段のボートダイビングは、アンカー投下後、かかったのを確認してから、お客様を順番にエントリーとなる。
この日は、2人のお客様がレベルは問題ない事、3日目だった事、アンカーがかかりづらく。。。などといういつもと違う状況から、急遽、先にエントリーしてアンカーを固定することに変更した。
エントリーして潜降し、アンカーを固定、打ち合わせの時間になり、お客様2人がエントリー、一人がエントリー直後に流された・・・もう一人のエントリーは確認できない。
浮上し状況を確認、ボート後方に流されている(この件を教訓にカレントラインをボート両舷に変更)
浮力の確保、その場待機を指示し!アンカーを引き抜き回収に向かう。。。がしかし、アンカーは先ほど固定したばかり。。。再度潜降し、アンカーを外す事にする、幸いダイバーの位置はさほど変わりない。この時のアンカーを外してからの浮上速度がどうにも速すぎたらしい。
staffが二人いれば何も問題もない事、現在のイントラ2人体勢の今では全く問題ない事がこの時のこの状況では大きな問題となった。
浮上後すぐさまボートにより二人を無事エキジットさせ帰港。
ダイビングのトラブルとはいつもと違う事をした時に起こる。。。
この日は少し、無理をした海峡判断だったこと、アンカーを固定にエントリーした事により、お客様のエントリーをコントロール出来なかったこと、などいくつも問題点があった。お客様は何の問題もなく終了した。
※ 浮上後3時間ほどで、肘、手先、肩など、右手に痺れ、違和感を感じるが、この時は減圧症との自覚はなかった。
翌日からは遠くの台風の影響の為に、2日間ダイビングなし、この間も多少の痺れは残ったが、確信が持てず。様子をみる事にした。
次の日、講習の為に、5m(avg3m)26分、1時間の休息後、5m(avg3m)28分のダイビング
次の日、午前は1,7mほどで、限定水域講習、午後、5m(avg3m)25分、45分の休息後、5m(avg3m)30分のOW講習、多少の違和感、ピリピリした感じを持つ
次の日、funダイビングで、10,8m(avg7,5m)38分安全停止3分、1時間22分の休息後、11,3m(avg7,9m)34分安全停止3分のダイビング、水中で、息苦しさを感じ、浮上後、これはやはりと確信し病院を探してもらう、当然船でしか移動できないために、名瀬か沖縄の病院を調べてもらう。
受け入れ可能な沖縄の病院に、明日の船で沖縄に下り、明後日からの治療になった。(現状のこの状況からダイビング、飛行機搭乗がなければ症状が悪化する事はないとの事)
少しでも体に異常が感じられたら、病院に行くべきだとわかっていながらもできない状況の2年前だった。
翌日船で沖縄に向かう、ここでまたとんでもないトラブルが。。。もしこれがなかったらもっと早く治っていたかも、しかしこのトラブルのおかげで・・・
2005年12月12日
減圧症
GWのドタバタがひと段落すると、なんと早くも台風が発生!今年は早いな・・・と思いながらだった。
2人組のお客さんの日程の3日目くらいには影響がでそうな感じだ。なんとかコンディションのいい時にに少しでも潜ってもらはないと、せっかくきてくれたのに・・・
2人組のお客さんは、飛びぬけて本数が多いわけではないが、自分の事は自分で出来、水中でもほとんど心配はない!1日目、2日目ともまだ台風の影響はなくなんとか潜れている。
3日目、台風のうねりが少し出始めている(この時の台風の位置はまだはるか南、海の影響は早いものだ)
この日選んだポイントは先日、歓喜のイソマグロアタック!の“でぇ~また”
少しうねりが入ると、なかなかアンカーがかからない曲者なポイントだ。
アンカーを投下、やっとかかった?か?
この日のコンディションから、いつもはやらない事をした(大抵トラブルとはいつもと違うときに起こるものだ)
Posted by shin at
21:12
2005年12月01日
歓喜のイソマグロアタック!!!
運命の朝・・・
パンをかじりながらのスタッフの会話は・・・『西風っすね・・・
』『うん・・・』
風向きは西北西7m/s・・・北側のポイントはベタナギのコンディション・・・
リクエストの西側のポイントはまともに風を受け、波は高く、とてもボートを回航して出せる状況ではない・・・(回航とは、ボートを海移動させる事)
ベタナギの北側の港から、西の港へ移動、自分ひとりでの回航もかなり波の影響は受け、ボートのバウは(バウとはボートの先端、船首の事)はねまくる、海面はウサギが跳ねる(ウサギが跳ねるとは白波が立っているという表現)
やっと西の港に到着、ベタナギからあえて荒れてる港への回航なんて。。。
『おはようございます!』ハイテンションでボートに乗り込み、出航!
いきなりの波は、ボートはまるでジェットコースターに変える・・・『ディズニーランドみたい♪』 『キャー』 『おっおおおおお~』さまざまな声が飛び交う!
波を見ながら、バウを左右にスロットルを前後に・・・ポイントに到着!アンカーをおろし、モッさんがエントリーする。流れている・・・
次から次へとエントリーし、全員が揃い、ドロップの潮上を目指す。



透明度は30m以上に及び、マダラトビエイ、亀が舞う、ウメイロモドキも群れ、いよいよ、イソマグロの群れの気配がする!はず!・・・あれ? 流れは思うほど強くなく・・・
で、出ない・・・(データーの揃った今ではそうでもないが、前日からの状況でのこの機会はマジ焦った・・・)休憩時間の会話・・・く、苦しい。。。
(後で聞いた話だが、この時使い終わったタンクを店に持っていく際に、免許取り立ての、モッさんはお客さんが寝ている横で、車を脱輪させてしまい、お客さんに『ひがしさんには内緒に・・・』と半泣きで頼んでみんなの笑いを取ったらしい!本人曰く身を呈して場を盛り上げたらしい・・・もんなモッさんも今では、海探部長をしてみんな引っ張っているらしい)
2本目、再度同じポイントでイソマグロアタックに向かう、『自然相手ですからね。。。というオーナーの言葉にも焦りが・・・』
他グループのボートダイビングの間、ボート待機中も頭の中はパニックパニック

さあ!2本目開始、やはり荒れ狂う海にジェットコースターと化した、seadreamⅠが走る走る

アンカーの為に先にエントリーした、モッさんが笑顔で俺を見ている・・・『プレッシャーでついにおかしくなったか?・・・』
紛れもない。目の前には、待ち焦がれた、イソマグロトルネード!
ガッツポーズ!まるで九回裏に逆転満塁ホームランを打ったかのように、大きな大きなガッツポーズを繰り返した。
3月から見た、イソマグロの群れのなかでも、最高の大きな群れだった・・・
なにせ30m以上も離れたダイバーチームの端から端のはるかかなたまでイソマグロの群れが・・・
ホッとしたホッとした!うれしい~
ボートの下もイソマグロがゆうゆうと回遊する、この上ない至福の時間だった。みんな思い思いに、カメラ、ビデオを向ける。ショップオーナーもホッとした様子だった。俺もスタッフもみんなホッとした。
打ち上げは大いに盛り上がり。『東さんの演出だったのか・・・』とみんな笑いながら酒を酌み交わした。
こうして激動のGWショップツアーは終わり、翌日はノンビリダイビングで、ベタナギの海で楽しんだ。
GWが終わり、スタッフは大阪に帰っていく・・・ありがとうな!
GWが終わると、なんと台風が接近・・・この接近する台風が引き金となり、次なる事件が待ち受けていた。そんな事はこのホッとした環境の俺は知る由もなかった・・・
2005年11月12日
目玉が飛び出す、胃が痛む・・・

2004GWは、仲間たちと万全の体制で迎える。ウエイトも1Kg×30個増やし、タンク、ベルト、備品の準備も終えあとは本番を迎えるだけ、毎日ポイントチェックにでかけ、イソマグロもバッチリ回っている

導入したチャージ施設もフル稼動!無理して良かった・・・毎日タンク100本体勢
1SHOPツアー&5名グループ&体験4名+3名
到着日からのダイビングの為に空港に迎えに行く。(体験の終了が押してしまって、空港へは〆のが向かった)
『よろしくお願いしま~す!』ってみんな異様にテンションが高い。。。
申し込み用紙の、見たい魚の欄は、大物、群れ、ジンべエ。。。ってちょっとちょっと

1本目は、夏祭りにエントリーした、イソバナが見事で、魚影も濃い!ナポレオンもでて、数匹だけどイソマグロも、、、そしてホソカマスの群れも、中々濃い内容のダイビングだと思ってエキジットした。
ボートクルー、ダイビングスタッフともホッとした・・・俺達はホッとしていた。
ところが。。。
『ホソカマスの群れなんか見に来たんじゃない!』と女性客に面と向かって言われてしまった。
ガイド14年してきて、これだけ大物でて、こんな事初めて言われた。。。周りにいたスタッフの背筋が凍りついた。
明日からが不安だ。。。
というのもこの時期は、ギンガメシーズンがそろそろ終わりで、イソマグロが何百匹と群れるポイントが狙い目の時期なのだが、南風、南西風と続き、そこのポイントを狙える状況ではない、もちろん風の状況を説明してポイントを選択してるんだが、大物大物と、一体何を狙ってきてるのか?どんな宣伝方法でツアーを集客してきたのか、不安になった。スタッフの夕食時はため息ばかり。。。俺も胃が痛い
2日目も風が変わる事なく、北側はベタナギの絶好のコンディション、珊瑚の綺麗なポイントがあるのに、『癒し系はいらない!』バッサリ・・・
もう一方のグループがノンビリ潜りたいと北側を潜る(←当然の選択だよね)
2日目はボートナイトをした、この日ばかりは会話が微妙に?盛り上がった。
『ひがしさん、我々はレベルも高いし、船酔いもしませんから、少々荒れていても、明日は西に行きませんか?』オーナーが、みんなのまん前で、笑顔で語りかけてくる。。。(瞳の奥は笑っていない・・・)
困った断りようがない。。。『ええっ・・・』
そこまでいうならやってやろうじゃないの。。。ボートがガンガン飛び跳ねても行ってやる。。。。
イソマグロで、度肝を抜くぞ~
SHOP最終日、運命の朝が明けた。。。風向きは・・・
見知らぬ軽トラが・・・

