2005年12月01日
歓喜のイソマグロアタック!!!
運命の朝・・・
パンをかじりながらのスタッフの会話は・・・『西風っすね・・・
』『うん・・・』
風向きは西北西7m/s・・・北側のポイントはベタナギのコンディション・・・
リクエストの西側のポイントはまともに風を受け、波は高く、とてもボートを回航して出せる状況ではない・・・(回航とは、ボートを海移動させる事)
ベタナギの北側の港から、西の港へ移動、自分ひとりでの回航もかなり波の影響は受け、ボートのバウは(バウとはボートの先端、船首の事)はねまくる、海面はウサギが跳ねる(ウサギが跳ねるとは白波が立っているという表現)
やっと西の港に到着、ベタナギからあえて荒れてる港への回航なんて。。。
『おはようございます!』ハイテンションでボートに乗り込み、出航!
いきなりの波は、ボートはまるでジェットコースターに変える・・・『ディズニーランドみたい♪』 『キャー』 『おっおおおおお~』さまざまな声が飛び交う!
波を見ながら、バウを左右にスロットルを前後に・・・ポイントに到着!アンカーをおろし、モッさんがエントリーする。流れている・・・
次から次へとエントリーし、全員が揃い、ドロップの潮上を目指す。



透明度は30m以上に及び、マダラトビエイ、亀が舞う、ウメイロモドキも群れ、いよいよ、イソマグロの群れの気配がする!はず!・・・あれ? 流れは思うほど強くなく・・・
で、出ない・・・(データーの揃った今ではそうでもないが、前日からの状況でのこの機会はマジ焦った・・・)休憩時間の会話・・・く、苦しい。。。
(後で聞いた話だが、この時使い終わったタンクを店に持っていく際に、免許取り立ての、モッさんはお客さんが寝ている横で、車を脱輪させてしまい、お客さんに『ひがしさんには内緒に・・・』と半泣きで頼んでみんなの笑いを取ったらしい!本人曰く身を呈して場を盛り上げたらしい・・・もんなモッさんも今では、海探部長をしてみんな引っ張っているらしい)
2本目、再度同じポイントでイソマグロアタックに向かう、『自然相手ですからね。。。というオーナーの言葉にも焦りが・・・』
他グループのボートダイビングの間、ボート待機中も頭の中はパニックパニック

さあ!2本目開始、やはり荒れ狂う海にジェットコースターと化した、seadreamⅠが走る走る

アンカーの為に先にエントリーした、モッさんが笑顔で俺を見ている・・・『プレッシャーでついにおかしくなったか?・・・』
紛れもない。目の前には、待ち焦がれた、イソマグロトルネード!
ガッツポーズ!まるで九回裏に逆転満塁ホームランを打ったかのように、大きな大きなガッツポーズを繰り返した。
3月から見た、イソマグロの群れのなかでも、最高の大きな群れだった・・・
なにせ30m以上も離れたダイバーチームの端から端のはるかかなたまでイソマグロの群れが・・・
ホッとしたホッとした!うれしい~
ボートの下もイソマグロがゆうゆうと回遊する、この上ない至福の時間だった。みんな思い思いに、カメラ、ビデオを向ける。ショップオーナーもホッとした様子だった。俺もスタッフもみんなホッとした。
打ち上げは大いに盛り上がり。『東さんの演出だったのか・・・』とみんな笑いながら酒を酌み交わした。
こうして激動のGWショップツアーは終わり、翌日はノンビリダイビングで、ベタナギの海で楽しんだ。
GWが終わり、スタッフは大阪に帰っていく・・・ありがとうな!
GWが終わると、なんと台風が接近・・・この接近する台風が引き金となり、次なる事件が待ち受けていた。そんな事はこのホッとした環境の俺は知る由もなかった・・・
2005年11月12日
目玉が飛び出す、胃が痛む・・・

2004GWは、仲間たちと万全の体制で迎える。ウエイトも1Kg×30個増やし、タンク、ベルト、備品の準備も終えあとは本番を迎えるだけ、毎日ポイントチェックにでかけ、イソマグロもバッチリ回っている

導入したチャージ施設もフル稼動!無理して良かった・・・毎日タンク100本体勢
1SHOPツアー&5名グループ&体験4名+3名
到着日からのダイビングの為に空港に迎えに行く。(体験の終了が押してしまって、空港へは〆のが向かった)
『よろしくお願いしま~す!』ってみんな異様にテンションが高い。。。
申し込み用紙の、見たい魚の欄は、大物、群れ、ジンべエ。。。ってちょっとちょっと

1本目は、夏祭りにエントリーした、イソバナが見事で、魚影も濃い!ナポレオンもでて、数匹だけどイソマグロも、、、そしてホソカマスの群れも、中々濃い内容のダイビングだと思ってエキジットした。
ボートクルー、ダイビングスタッフともホッとした・・・俺達はホッとしていた。
ところが。。。
『ホソカマスの群れなんか見に来たんじゃない!』と女性客に面と向かって言われてしまった。
ガイド14年してきて、これだけ大物でて、こんな事初めて言われた。。。周りにいたスタッフの背筋が凍りついた。
明日からが不安だ。。。
というのもこの時期は、ギンガメシーズンがそろそろ終わりで、イソマグロが何百匹と群れるポイントが狙い目の時期なのだが、南風、南西風と続き、そこのポイントを狙える状況ではない、もちろん風の状況を説明してポイントを選択してるんだが、大物大物と、一体何を狙ってきてるのか?どんな宣伝方法でツアーを集客してきたのか、不安になった。スタッフの夕食時はため息ばかり。。。俺も胃が痛い
2日目も風が変わる事なく、北側はベタナギの絶好のコンディション、珊瑚の綺麗なポイントがあるのに、『癒し系はいらない!』バッサリ・・・
もう一方のグループがノンビリ潜りたいと北側を潜る(←当然の選択だよね)
2日目はボートナイトをした、この日ばかりは会話が微妙に?盛り上がった。
『ひがしさん、我々はレベルも高いし、船酔いもしませんから、少々荒れていても、明日は西に行きませんか?』オーナーが、みんなのまん前で、笑顔で語りかけてくる。。。(瞳の奥は笑っていない・・・)
困った断りようがない。。。『ええっ・・・』
そこまでいうならやってやろうじゃないの。。。ボートがガンガン飛び跳ねても行ってやる。。。。
イソマグロで、度肝を抜くぞ~
SHOP最終日、運命の朝が明けた。。。風向きは・・・
2005年10月14日
初めての夏・・・
全ての改装が終わって営業していたつもりが・・・庭が土だったために、お弁当の時に突風ですなが舞い上がった



さっそく、これまた地元の繋がり、野球部の後輩の後輩(・・・という訳で初対面)の花屋の跡取り息子に依頼して一面芝生を植える事にした。コンクリートよりも涼しげでいいよ~と沖縄出身のお客さんにアドバイスをもらって早速行動!
洗い場、シャワー室、器材干し場、そして庭の芝生とやっと揃って海に専念できるようになった。
この頃はまだ、ネット環境が悪く、ダイヤルアップでネットしていたために、天気予報の確認が大変だった、前日の確認のまま海に入ってたら、朝に変化していて、浮上したらビックリ
なんて事が多々あった。(2005年2月よりADSL開通、店内は無線LAN無料インターネット環境になっています。)
オープンして初めての夏・・・それは大阪の大学ダイビング部の合宿の受け入れ、毎日毎日、賑やかな夏になった。
三宅島時代を思い出す、毎日気が狂うほどチャージして海に潜ってワイワイ騒いで食事して。。。の繰り返しだった。1回生も無事ライセンスが取れ、念願の亀にも逢え大成功の合宿だった、、らしい、、きっと、、多分、、、。
8月は夏休みを利用して1人が研修という事で、ダイビングの経験を積むために残った。約1ヶ月、今度は毎日毎日、体験体験と体験ダイビングばかりをこなして『体験ダイビングが1番怖い・・・』と研修生がもらしていた。体験ダイビングでその人の今後のダイビング人生が決まると言ってもいい。以前からわかってはいた事だが、こうして改めて感じると、更に気を引き締めて臨む。
研修生の存在は、僕自身の初心を思い出すいいきっかけとなり。いい相乗効果が生まれた。
8月と言えば、祭り、町のものから字(あざ:集落の呼び方)単位のものまで、ほぼ毎週ある。知人が焼きそば屋を出店しているため、ほぼ毎日のように、焼きそば、フランクフルトが夕食の定番となっていた、男の食事なんてそんなもんだが・・・さすがに飽きるな。。。
そして研修生は、祭りでは売り子から、実際に焼きそば焼いたり、すっかり満喫!良かったよかった。
(ダイビングよりテキヤが上手くなってたりして・・・)
バタバタ賑やかな夏が過ぎ、秋に向かう。。。浮上して、水面から手が出た時に、風を感じて『さむっ』とまた水中にもどして秋を感じる(なんだそりゃ・・・)
秋、冬、経営という事の難しさ、楽しさを感じながら過ぎていった。12月には福岡に営業に飛び、2月には東京に飛んだ。
1年前、海の魅力をうまく伝えられず、苦汁をなめた営業も、段々と成果を出し始めていた。
年が明け、冬から春に向かい、新しい企画と共に4月がはじまり、OW講習とFUNで忙しい日々が戻ってきた。GWには、イソマグロを狙って、東京からSHOPツアーがくる事になった。
大学生助っ人2名と、忠志も含め、5人体制でGWに向かう、果たしてイソマグロトルネードは成功するんだろうか・・・
2005年10月07日
次なる課題
1ヶ月近く、朝から夜中までの大工仕事の甲斐あって、なんとか“お店”の形になってきた。
お店の形がなんとか出来て、あとは注文したシャワー室が届くのをまつだけとなった・・・と思っていたら次なる課題が現れた・・・
ボートの係留がおおきな問題点となってきた、島の港は、係留代金がかからない(都会のボートオーナーが聞くと羨ましがってしょうがないだろうが、島では、逆にこのシステムにより大きな問題が)ので、仕事で使わない、趣味のボートが多すぎる、漁協に入会し、準組合になったものの、係留場所が割り当てられるわけでもなく、港の何処が空いているのかわからない状況。。。
とりあえずここなら空いてそうだと、潜って係留アンカーを作ってボートを泊めていると、アンカーは斬られ、ボート用品は盗まれ。。。大変な事に
また移動して、ここは空いているだろうと係留していると、見知らぬオッちゃんが店に怒鳴り込んできた。。。『あんた○○の息子か?あそこにボート泊めてるのはみてな。。。』と、誰の息子とか関係ないだろ、しかも実の親父じゃねえんだよ~と逆キレしてやろうかと思った。
まだ船名を書いていないうちのボート、しかもこの港の中では大きい為に、いろんな人が誰のだ?と探していたらしい。しかもこのオッちゃん、某ショップのボートに嫌がらせを受けて移動したのに、そこに何も知らない俺が泊めていたから、怒るのも無理ないか。。。
結局このオッちゃん、俺の親父(正確には、母の再婚相手)と幼馴染という事で、以前係留していた場所を俺に提供してくれた。。。ん~島ならではの、変な急展開に、まあ結果オーライ、母よ、でかした!
係留はよしとしても今度は台車が大きな問題となった、東京から運んできた台車は、都会のマリーナ仕様で、いわゆる船台、しかし台風の通り道である沖永良部では、台風のたびにボートを陸に上げ、しかも港から移動しなくてはいけない、トレーラータイプが必要となる、ちょうどサイパンでボートを移動させていたようなタイプが必要になった。。。
どうしたもんかな~、どこに頼もうかと思っていた矢先、『しんいちろ~久しぶりやな~』と話しかけてきた、お兄ちゃんは、小学校の時、一緒に相撲大会でただろ~と○田氏、ん~微妙な記憶、何年、いや20年前の話じゃんか。。。そしてその連れが自動車整備工場で、、、と現れたのは中学同級生の兄ちゃん、今度は田舎ならではの人徳?これまた結果オーライ!良かった地元で、勉強せず、スポーツばかりしてて顔広くて良かった。
出費がかさむ事ばかりで堪えるが、台風の時ボートが上げれなくては話にならないし・・・東京の台風の感覚とは違うな~やっぱり
そしてこの台車製作にかかわり、また個性的な知人が増えた、ジャン・レノそっくりのおじ様でお客さんから大人気のエンジニア登場、島だからいろんな人と知り合い、仕事上の付き合いからはじまっても、友達のように助けてくれる。 これが大切な財産なんだな。
良い事も悪い事も島ならでは・・・地元に帰って仕事をするという事は、こどもの頃とは違い、都会での生活とのギャップを、いい意味で理解し、受け入れ、たくさんの人と知り合い助けて、助けられていくんだな。。。
三宅の先生が言っていた事が段々わかるように、身にしみてくるようになった。
シャワーが届き、店のあらかたが完成し、2003年5月、初のゲストを迎え入れる事になった、緊張だ~。
十数年の準備の末、シードリーム浦安を経て、いよいよシードリーム沖永良部としてゲストを迎える。お昼に聞くCDはこれだ・・・ポイントはここに行って、こんなブリーフィングをして、弁当屋の手配もOK,庭はほうきで波模様をつけて(これサイパン時代チャモロ人の友人に教えてもらった)準備万端!
1本目問題なく終了し、自慢のウッドデッキで初のランチタイム
、その時突然、とんでもない事が・・・全く予期しないトラブル発生
あぁ~弁当が・・・・・






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