2005年07月23日
GROTTOに後ろ髪を・・・
日本でのチャンバー治療を終え、サイパンに帰国し、これからガンガン潜るぞ~と意気込んでいたものの・・・その後、サイパンの海でガイドしたのはわずか3ヶ月足らずだった。
その間、ある問題から全く笑えない日々が続き、STAFFから心配される日々が・・・決断をし、GROTTOに後ろ髪を引かれる思いで、サイパンの3年間にピリオドを打つ事にした。
日本に帰って、最終目標である、地元沖永良部でのダイビングショップサービスに向けて、次は資金稼ぎだ!と佐川急便の面接にあわせて帰国した。。(もうどっちが本国かわからない帰国ですね)
面接に行った、ほとんど即決だった、当時の佐川急便はまだまだ人手不足で難なく入れた、入ってからが地獄の日々なんですがね。。。(今思えば、よく7年間も続いたな~と。。。)
半年と立たないうちに、帰国の元となったプライベートな問題は片付いた。夢に向かって一直線だ!
今度こそ。。。
2005年07月06日
日本でのチャンバー治療(3)
運命の治療が終わった。。。
そして僕は、今日の治療前から決めていた言葉を先生に言った。真剣な眼差しでゆっくりと言葉を噛みしめながら
『右足の膝が痛みます。。。』
明らかに嘘の報告だった。 もちろん悪い事だと。。。そしてこの嘘の報告は、ダイビングを続ける事ができるだけであって、僕の体自身の治療には、何の成果もない事。そして再度命に関わるかもしれない、という事も全て覚悟の上の嘘の報告だった。
なぜそこまでして続ける意味があるのだろう?命を懸ける意味があるのだろうか?自問自答して歩く町並みは全く目に入らない。まるで別世界を歩いているかのように、ただひたすら歩く。
そしていつしか僕は、自分に膝が痛んでいるかのような、痛みがある(体内の窒素が動き出している)ような感覚、錯覚におちいる、まだ自分がなおると勘違いをしている。。。
日本での最終治療を終えた僕は、SAIPANに帰国した。海が待っている、またGROTTOに潜れる、ゲストと海の楽しさを共有できる、僕の生きる場所へと戻ってきた。
はずだった。。。
2005年06月28日
日本でのチャンバー治療(2)
約5時間のチャンバー治療が終わった。GUAMでの治療はほとんど寝ていたという事、屈強なマリーンと入っていた事と比べ、日本での治療は先生がずっと見ていてくれ、時折マイクで指示が出る。
それに答える自分の声がまるで、ヘリウムガスを吸ってしゃべったような声で笑える(もちろん当時の僕は笑っていられるほど根性ない、小心者・・・)
喉渇きますか?と先生がチャンバーの小窓から、缶のお茶を差し入れてくれた、小窓を加圧してチャンバーの中と同じ気圧にしてから、窓を開けていい指示がでた。小窓をあけ缶のお茶を取って、ビックリ!!!
なんと缶のふたがあけてあるでないか?なんて親切な?缶のふたをあけてなんて渡された事ない・・・
お姉~ちゃんを一生懸命口説くときにさりげなく、缶コーヒーを渡すときに空けてあげる事はあっても・・・(一生懸命口説くときに缶コーヒーなんか飲んでんじゃねーよ、だからここ一番で落とせーねーんだよ!と突っ込みありがとう
)ば~か!よくよく考えたら、加圧するんだから、フタをあけてないとつぶれるだろうが。。。お前本当にイントラか?と心の中で自分に突っ込みを入れてしまった・・・)
とそんなアホな事を考えながら、治療は終わった。。。チャンバーからでた僕は、自分の体に問いかけた。。。変化はあるのか?痛みは出てきているのか。。。先生は治療をすると、活性化した窒素により多少の痛みがある。。。なければもう完治をあきらめるくらいの重症との説明があったばかりだ。
『どうですか?』 先生は聞いた。
『多少痛いような気がします。』
正直この時に膝が痛んでいたという感覚はなかった。『多少痛いような気がします。』嘘をついていた。しかし、将来もダイビングを続けていたい・・・、可能性を自分の言葉で打ち消したくない・・・という気持ちから先生に伝えた精一杯の答えだった。痛いような気がするんだ・・・自分にも言い聞かせた。
きっと先生は見抜いていたんだろうな・・・『次回は○月○日に2回目の治療をしましょう、そこで、痛みがはっきりと自覚できないようであれば、もう何回チャンバー治療しても無駄ですから、治療を中止します。いいですね。。。他の仕事を考えなさい!』
取り乱しそうだった。『ありがとうございました。』もう限界ギリギリの状態で、お礼を言って病院をでた。ドアを閉めた時点で前が見えない状態だった、涙が止まらない。
涙が出るのは、自分の体に変化がないと自覚しているから、つまりもう治療しても可能性が・・・というのを自分だけが認めていたからの涙だった。。。
誰にも話せない、どうしよう、、、橋を渡り、駅に向かう。夕方という事もありたくさんの人とすれ違う、すれ違う人が振り返る気配がする。それでもこの涙を拭く気にもなれない。長い上り坂だった。。。
人はたくさん歩いているのだが、なんか別世界のようだった。俺はどこに向いて歩いているんだろう。。。
この日どうやって電車を乗り継いで帰ったのか、全く覚えていない。
誰に何を話せばいいんだろう・・・こんな時弱音を吐く事のできる人がいない。。。初めて気づいた。。。いつも強がって生きているのかな~、誰に話せば聞いてくれるんだろう?いや誰になら、こんな話を出来るんだろう?
数日後、2回目のチャンバー治療の日がやってきた。
そうこの日治療は今後のダイビング人生を左右する日、いや人生そのものを左右する日に違いない!
治療に向かう時、僕は心の中に決めている事があった・・・それは
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2005年06月21日
日本でのチャンバー治療
先生の口から慎重に伝えられた言葉は、『もう完治しません、ダイビングはやめて違う仕事をしなさい!』だった・・・あまりにも重過ぎる。。。覚悟はしていた言葉とはいえ、サイパンやGUAMで言語の違う医者に、こちら側の状況を充分に伝えられたかどうかわからずに治療を受けたときと、言葉が通じる場所で、全てを伝えきって言われた言葉の重みは全然違う。。。
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2005年06月19日
日本に一時帰国、治療
GUAMからサイパンに帰国し(←すっかりチャモロ人な俺!)1ヶ月の安静期間に入る。海が目の前なのに、潜れない、餌お預け状態の犬のよう・・・(ちなみに犬年のくせに犬が怖い俺、どうなの?)毎日がイライラというか情けないというか。。。
救いと言えば、僕の減圧症の原因となった、急浮上のお客さんは何も体に異常なく、僕の減圧症の事も全くしらずに帰国した事。一安心。水の中の全ての責任はイントラ!が持論、余計な心配はかけたくないですからね。
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2005年06月17日
再圧チャンバー ~2~
一晩中のチャンバー治療が終わり、屈強なマリーンとチャンバーをでた。『俺の体どうなんだろう~』
そして例によって、美人な女医さんからの、怖い怖い説明。。。でデービスによる同時通訳

1ヶ月のダイビング禁止。飛行機搭乗3日間禁止、えっGUAMにまだ3日も滞在すんの・・・
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2005年06月13日
再圧チャンバー
再圧チャンバーとは、文字通り、体に再び圧力をかけて、その後ゆっくり圧力を下げていき、体の中の過剰な窒素を抜くというもの、むろんイントラの端くれ、そんな事はわかってはいたものの・・・自分の治療になるとは。。。
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2005年06月08日
減圧症
右の穴を抜け、外洋をダイビングの一番の楽しみでもある“浮遊感”を楽しみながら左へむかっている時だった。下方の大物を探し、前方、上方とくまなく探して、振り返り、ゲストの数を。1,2,3,4、んっ
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