2005年08月21日
門前払いが続く営業・・・
名古屋初上陸、手作りパンフレット、名刺、お土産用、がじゃ豆をバックに詰め込み、初の名古屋営業に意気揚々と出かける事にした。
離島のダイビングサービスがオープンするのに、わざわざ営業にくる所なんかないだろう(ダイレクトメールや、eメール、雑誌広告などの営業はあっても)だから、尚更インパクトがあり効果大だろう!
佐川急便での集配業務をしながらの営業に比べれば、自分の好きな事、地元の海の事、十数年も準備をしてきた事を考えれば、楽勝だ~頑張るぞ!
1件目から出鼻を挫かれる事になった。。。
お店の開店時間に合わせて挨拶して入る。『まあどうぞ!』と声をかけられ、椅子に座り観光パンフレット、自作パンフレット、お土産のがじゃ豆を渡し、熱く、ワキャ島の海の話をする。
なんか上の空だな。。。気のせいかな?と思いながら話を続ける。15分は話しただろうか?この15分という時間は長いのか?短いのか?あの反応はどうなんだろう?あんまり興味持てなかったのかな?様々な事を思いながら、1件目の営業が終わった。
しかし、これはこの後の名古屋営業を考えれば、とてもいい状況だった、この後に続く、屈辱の営業に比べれば。。。
2件目に向かって走った。夕方のお店のお客さんが遊びに来る時間帯までの1件でも多く回らなければ。。。がじゃ豆がぎっしり詰まったバックが重い、、、このバックが軽くなる頃には、予約とか取れてるといいな~、この時点ではまだ暢気にそんな事を考える余裕があった。
佐川急便時代の営業は、時間のない中、勢いで入っていく営業だった。この自分の店の営業は得意分野で、しかも地元の事だから、ドンドン話が進み上手くいく、上手くいかないわけがないと思いながらだったから、その状況が自分で理解不可能な状況まで追い込まれていった。。。
2件目以降、入り口さえ入らせてもらえない状況が続く、『沖永良部?どこだ?』てな具合で、まともに話を聞いてもらえない店がほとんど、『せめて名刺だけでもいただけませんか?』とハラワタ煮えくり返る思いで頭を下げて歩く事ばかりだった。とてもお土産のがじゃ豆を出せる状況ではない、肩にズッシリかかる重さが堪える。毎日毎日走って鍛えておいたはずの足が上がらない。。。足取りはドンドン重くなり、走る気力が萎えてきた。
断られてからが営業だ!十数年も準備してきて、やっと実現できる、スタートラインにたとうとしている。こんな所で負けてたまるか!自分を奮い立たせて次の店に走る。この店は何店舗も展開する店、この店の営業が上手くいけば、ここまでの失敗も取り返せる。頑張るぞ~
階段を駆け上がる。『こんにちは、初めまして~』 この日1番の気合でお店に入る。
秒殺された。
『お前アポも取らずに、忙しいんとこ入ってくるな!邪魔だよ。。。(怒)』もの凄い形相で睨まれた。
今日はことごとく上手く行かない営業ばかりだったが、さすがにこの一言には、心が折れた。。。
一瞬なすすべなく、呆然と突っ立っていた。。。
ブチッ!!!、キレた自分がいた、、、、その状態を必死にこらえた、“いつか絶対見返してやる、あたま下げさせてやる・・・”人生の中でこんなに屈辱を感じた事があっただろうか・・・
『お忙しいところ、アポも取らずに突然お邪魔しまして申し訳ありませんでした。お名刺だけでもよろしいでしょうか?』
深々と頭を下げ店をあとにした。2階からの階段から転げ落ちたかった。。。涙があふれ出ていく
公園のベンチに座った。もう全く気力が残っていない。。。朝からなにも食べてないことに初めて気づいた。ショックのあまり全く食欲がでなかった。断られてからが・・・とは言え、さすがにきつかった。
久々に泣いた。悔しくて悔しくて。。。
何時間座ったままだっただろうか?3月の公園のベンチは冷たく寒い、体は震え、微動だにしなかった。空を見上げて、名古屋1件もとれなくてもいいかな~なんて弱気に逃げ腰になった。。。
まだまだ、始まったばかり、負けてたまるか?これからのほうがもっともっと苦しいはずだ、こんな事くらいで・・・もう一度奮い立たせ、最後のお店に向かった。
『初めまして、沖永良部島に今度・・・』 またしても自己紹介の途中で止められた、
またここもか・・・不安が一瞬よぎる。。。名古屋全敗か。。。
『まあ、遠いところをわざわざ、寒いからこっちに座りなさい!』 オーナーの暖かい言葉に、体中の力が抜けホッとした。椅子に座った瞬間、今日1日の屈辱の営業が頭をグルグル回った。
初めてお客さんの前で泣いてしまった。ほっとしたのか、うれし泣きなのか?笑われてしまったが。。。
バックの中の名古屋の分の全てのがじゃ豆を出し、この日初めて、反応がある方に、熱く熱く営業を開始した。なみだ鼻水をすすりながら。。。
こうして屈辱、屈辱、屈辱、最後の最後の成功の名古屋営業が終わった。コインパーキングに戻り、車に座った、締め切った車内で、『負けるか?これからだ!1件成功だ!』大声で叫んだ!
1勝14敗の名古屋営業、負けたままでは終わらないぞ~いつか絶対、こっちを向かせてやる。強く心に刻み、次の目的地である神戸に向かい車を走らせた。
高卒ルーキーがプロの洗礼をあびたような苦い苦い1日だった。たった1件の反応でも単純な僕には自信と力になった、あとは今後振り向かせればいい。これからが始まりだ!
この1件のお店はまだ、実質の業務上の付き合いはまだだが、東京のセミナーでお逢いした時もご挨拶をさせていただき、あの後、僕のお店がPIRAリゾートになった事も、PJレポートで特集に組まれた事も知っていてくださり大変感動しました。再会したときにも泣きそうだった。
『近々行きたい、いつもメールでの情報ありがとう』と声をかけていただいた。
こちらこそありがとうございます。あの時折れた心のままで、名古屋を後にしなくて良かったと心底思った。
そして、この時の心を折ってくれた(苦笑)、別のお店のオーナーに数年後、
『初めまして、いつも活躍拝見してますよ』
と挨拶された。やっとここまで来た!と思い僕は飛び切りの笑顔で答えた、
『ご無沙汰しております。その節は大変失礼致しました。』 ニヤッ
『???』 オーナーの表情が忘れられない。(こんな事が他にもあるんですけどね・・・笑)
そして数時間後神戸に到着した、何年ぶりかに会う、親父は元気だった。久々に布団で寝た。神戸大阪営業に向け鋭気を蓄えなきゃ。。。
Posted by shin at
23:34
│第4章 夢、立ち上げ
2005年08月19日
2005年08月03日
最終準備態勢・・・
人生のジェットコースターが下りきった、皮肉なもので、プライベートはズタズタなこの頃、仕事は順調そのもので、営業職としては名誉な全国での表彰などと好調そのもの、更に昇進なんて話が出てきて、このままでは佐川急便やめれないな~と、焦りながら、最終目標のダイビングサービス設立準備を始めた。
まずはそれまでの、5人乗りの乗用車を8人乗りワゴンに買い替え、ダイビングボートを探す、イントラ資格の整備で、更に資格を増やした。HP開設に向け準備をはじめた(これが中々すすまないパソコンOWの僕にとってこれが1番の難関かも・・・)
店の場所が決定し、オープン用の器材の購入を始めた、10Lスチールタンク20本、レンタル器材・・・etc
休みの日を利用しての、ダイビングショップ廻り・・・佐川急便のおかげで、飛び込み営業はなれたものだった。しかも自分の好きなダイビング、ワキャ島(方言:私の育った島)の海の事だから、ドンドン話せる。
問題点は、まだ施設が完成してないために、シャワー、トイレ、ロギングスペース、etcの詳しい話が出来ない事、逆に考えれば、様々な意見を取り入れられるチャンスでもあった、意見にはドンドン耳を傾け吸収する事を心がけた。
2003/3/20退社日が正式に決定した。
散々悩んだ挙句に、車で日本横断飛び込み営業する事にした。パンフレット製作の為に、何日間もパソコンフル稼動だった。(行った事ない所だらけで、営業とはいえ楽しみな一人旅がスタートした)
3/27 千葉を車で出発し、まずは名古屋に飛び込み営業に向かう事にした、名古屋初上陸

ダイビングショップ、しかも沖永良部から全国の営業なんてないから、インパクトあって反響あるだろうな・・・と意気揚々と乗り込んだが、しかし、世の中そんなに甘くない!





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